お久しぶりです
ヨメです


包丁で指を切りました
ブロッコリーの芯が犯人です
もうあんな部分は食べてやりません(せめてもの仕返し)

自分の反対側の指で、圧迫止血しながら、
年甲斐もなく、
「怖い、怖い、傷口見たくない、フェン」
と泣きました
子供か。👶🏻🍼バァブ


ゆっくりしろってことですね。
ウン



さて今日は



嫌になったんです。





可愛いが正義の世の中に。


女の子っていうだけで

勝手に可愛いかどうかの判定を受け、

勝手に誰の上か下かのランク付けをされ、

勝手な競争に参加させられ、

尚且つ

無意識に



その競争に勝たなければ、と思っていた自分が。




とっても、


嫌になったんです。




勉強すればするほど、

非常に自分で自分を苦しめていることが



とてつもなく
バカらしくなってきた。



(この気持ちになりたかったので、大成功です)



もし、自分の外見に苦しんでいる人がいるのなら、

もし、自分を愛せない人がいるのなら、



一緒に楽になれればと思います。


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さあ
記事を読む前の準備です


肩の力を抜いて、深呼吸を1回どうぞ。


始まり、始まり。



以下は、さまざまな著書、動画、記事より得た知識、それを踏まえての私の考察です。私の備忘録。
これからをより良く、生きやすく生きるための私の武器。
知恵と経験は、何よりも強い武器だと思っています。
みんなにも武器をシェア。



まずは、


承認欲求を捨てろ




これが何故苦しいかって、
自己評価の低さを他者評価で埋めようとしてるから。

他者評価なんて、他者が評価してくれるか分からない、
例え自分に良いところがあったとしても
口に出して言ってくれるかどうかもわからない、
そんなコントロールできない他者の評価なんて、他者の賞賛なんてどうでもいいんです


そんなことより
自分のできることに集中すること。
自分の強みは何か?



さあ、今、あなたの強みを、

3つ書き出して。




この3つの強みを認識して、なおかつ、それを伸ばすこと。
日常生活や仕事で生かすこと。
人より秀でていることを伸ばして、磨くこと。


コンプレックスに抗うためではない。
コンプレックスに抗うために、自分の強みを磨くのではない。


そうじゃなくて、

あなただからできること、あなたの強みを武器にして。

そして、
自分のコンプレックスは認めるの。
これも私だって、認めるの。

自分のコンプレックスを逆手に取ること、
難しいと思うけれど、
コンプレックスがあるからこそ輝く部分がきっとある。


例えば
低身長なら、威圧感がない。
顔のパーツが黄金比率でないなら、人の印象に残りやすい。
膨よかであれば、安心感を与えられる。
歯並びが悪くても、笑顔が素敵になる

など。


人生って結局、

どれだけ褒められるか が大切なんじゃない。


どれだけ人に感謝されるか。

感謝されるくらい自分は頑張ったのか?
感謝されるくらい自分の強みを生かせたのか?

いかに自分が、自分だけの方法で、
他者に感謝され、
自分を輝かせられたか だと思います。




さて、では反対に、


生まれ持った美人が、イケメンが、
何につまずくか知っていますか?




隣の芝は青く見える。


ことわざの通り、生まれもった美人やイケメンは、
何の苦労もないように見えてしまう。
でも、こんな悩みが送られてくるそうです。




「歳を取り、顔でしか周りから評価されてないことに気づきました。」


それこそ、
外見以外の自分の強みがわからなくなってしまう。

外見に対して
何も悩みが無かったかのように見えた人たちが、

結果として、
誰よりも
外見に囚われてしまう。
外見で悩まされてしまうのです。


それはなぜか。


歳を重ねれば重ねるほど、

"努力してこなかったことが仇となる"

わけです。


自分は可愛いから、と容姿がいいからと、
努力をする必要性がなかった。


時間が経って、

"月日を経て、
外見でしか評価されていなかった事に気づく"
"外見でしかチヤホヤされていなかった事に気づく"

という事が起こる。



つまり

若いうちから
努力をしていくことで
外見はもちろん、中身の伴った美、自分だけの美しさを知る、ということ。

それが今後の強みになる。


「いくら美人でも話が面白くなければ1時間と持たない」と言ってる人もいる程。


最初に言ったように、
知識や経験は武器です。何よりも武器です。


外見だけじゃ
勝負できない時期は、
悲しいですが、
必ず来ます。



ただ美人が勝ち、
可愛いが正義

こういう考えって、

一概に自分の考えの癖、凝り固まった考え、だけじゃないと思います。

可愛いが正義という世間の風潮、
外見によっていじめや疎外が起こるという現実、
他人の外見を貶す言葉の多さ、
そんな醜い言葉が使われる場所の多さ、
醜い言葉が使われる抵抗のなさ、
醜い言葉を使うことに対しての羞恥心の無さ、常識の無さ。

だから
美しいと思えないことは、
自分を認められないことは、
何もおかしいことじゃない


そうならざるを得なかった環境があるんです。



自分自身に酷い言葉を投げかけられていなくとも、

誰が可愛い、誰が綺麗、誰がタイプ、誰が良い、と
どこに行っても何を見ても、そんな話題で持ちきり。


貶されていなくても、
褒められなかった=貶された というような
認識のズレ、


でもそう思わざるを得ない環境。


そんなのあまりにも息苦しすぎる。




海外では容姿を罵る英語はない。
外見のことを触れること自体がタブー。
褒めたとしても外見のことを他人が批評すること自体がマナー違反。

そんな風潮になればいいけど、
それはきっと無理。
こんなに根強い外見主義が蔓延している世の中なんだから。きっと無理。


だからこそ、自分自身の考え方を変えるしかないんです。
自分を守るために、
自分を愛すために。

環境が環境だからこそ
難しいところもあると思う。

直接何か言われた経験がある方は余計にそうだと思う。


でもそんな
他人を評価して生きてきたしょうもない奴らよりも、
あなたたちは誰よりも綺麗です。


安心してください。私が保証します。




私は自分磨きはやめません。
でも今までとは違う。

他者からの評価じゃなくて、

私が、自分を磨きたいから。

私が、自分をもっと好きになりたいから。


あくまで、自分主体なのを、私は忘れないようにしないといけない。


そして、最後にこれはどうしても、


私たちは覚えていないといけない。



本当は外見のことを批評するのはタブーであること。

だから、ひどいことを言われた自分を責めないで。

容姿を罵った相手が悪いこと、何が何でもマナー違反なことを、そのことを


決して忘れてはいけない



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